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東京地方裁判所 昭和24年(ヨ)164号 判決

債権者 大倉武

債務者 岩田邦夫 外八名

一、主  文

債権者の本件仮処分申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

二、事  実

債権者訴訟代理人は「株式会社大倉製作所の昭和二十三年十二月二十八日の株主総会決議取消請求事件の本案判決確定にいたるまで、債務者岩田の同会社代表取締役兼取締役としての、債務者山崎、渡部、瀬川、酒井、人見の各取締役としての、債務者金子、入沢、山本の各監査役としての、各職務の執行を停止する。右職務停止期間中、右会社各役員の職務代行者を選任する」との判決を求め、その理由として次のように述べた。

第一、株式会社大倉製作所は、昭和十四年十二月二十三日、資本金三十五万円(その株式総数七千株、一株の金額五十円)をもつて設立せられ、機械器具の製作販賣を主たる事業目的とし、東京都大田区羽田一丁目九百五十六番地に工場を有する会社である。債権者は、右株式のうち二千四十株を、妻訴外大倉百代は千株を、養父訴外大倉邦彦は百株を有し、大倉一家の持株は、合計三千百四十株である。而して訴外大津忠志は、八十株の株主であり、訴外市川淳は、初め二十株の株主であつたが、更に昭和二十年十二月一日四十株(十株券六十二号から六十五号まで四枚)と、昭和二十二年六月二十五日二百株(百株券七、八号二枚)を、いずれも債権者から讓り受け、そのうち十株(六十五号の十株券)を訴外横江澄吉に讓渡し、現に二百五十株をもつている。訴外木賀隆斎は、昭和二十三年一月十日大倉邦彦から八十株(十株券二六七号から二七四号まで八枚)を讓り受け、訴外栗原貞夫は昭和二十二年六月二十五日債権者から五十株(十株券一七五号から一七九号まで五枚)を、その息子訴外栗原俊夫を通じて讓り受け、いずれもその株主である。ところが同会社の代表取締役債務者岩田邦夫は、昭和二十三年十二月二十八日前記羽田工場において、全役員の選任を会議の一目的事項(第三号議案)として、同会社の定時株主総会を招集し、同株主総会は、從來の取締役及び監査役の任期満了又は辞任に伴い「債務者岩田を同会社代表取締役兼取締役に、同山崎、同瀬川、同酒井、同人見、同渡部を、それぞれ取締役に、同金子、同入沢、同山本をそれぞれ監査役に選任する」旨の決議をした。しかし右株主総会の招集通知は、前記木賀、栗原貞夫、大津に対しては全然発せられず、又市川は同総会において二百五十株のうち二十株の議決権しか認められなかつた。しかも会社は木賀、栗原等の株主権そのものの存在を否定しているのであるが、これは、債務者岩田が、自己の反対派と目する右四名に、株主権を認め議決権の行使を許すときは、同人等の株式と大倉一家の持株を合せて合計三千六百株以上の議決権となり、右議案が否決せられるので、これを防止し、独裁的経営を不法に維持せんとする意図によるものであり、右株主総会の招集手続や決議の方法は、法令に違反し、且つ著るしく不公正であるから右決議は取消されるべきである。

第二、而して、債務者岩田は、昭和二十一年八月当時の代表取締役であつた債権者の引立により債権者と並び同会社の代表取締役になつたものであるが、債権者が本社詰となり工場の内情にうとくなつたのに乘じ、日々の取引を正確に記帳せず、会社財産を不正流用するなど取締役としての善良な管理者たる職責を逸脱した数々の不法は枚挙にいとまなき程であつて、経理の紊乱が甚だしいので、債権者は債務者岩田等の不当な業務執行について、当裁判所に檢査役選任を申請し、その選任をみたが、(当廳昭和二十三年(ヒ)第五〇八号)檢査役は強制力を有せずその調査にも限界があり、実効を期しがたく、会社の貸借表は時の経過と共に益々捕捉できないものとなりつつある。その間債務者岩田は、昭和二十三年六月五日の同会社株主総会において、債権者の代表取締役を解任する旨の不法決議を成立せしめ、更に同年七月二十日市川淳の取締役解任、会社の増員を決定するため、株主中の若干の者に故意に通知を発せず、或いは議決権を剥奪する等の不正手段を用い、決議を成立せしめようとしたが、債権者はこれに対し訴訟を提起し、そのうち後者については、仮処分決定(当廳昭和二十三年(ヨ)第一五八〇号)により右決議の成立を阻止することができた。このように、債務者岩田は代表取締役及び取締役として不適当であつたのであるが役員の改選期が到來したのに拘わらず、さらに昭和二十三年十二月二十八日前記の違法決議に基き、その一味徒党たる他の債務者等と共に会社役員に就任し、その独裁支配の下に業務を執行している。債権者は、昭和二十四年一月八日当裁判所に、取締役、監査役等選任決議取消の訴(当廳昭和二十四年(ワ)第五四号)を提起したが、本案判決を待つていては、会社資産を散佚せしめ、会社の利益は債務者岩田等のろう断するところとなり、会社の蒙る損害は甚大であるから、前記趣旨のような仮処分を申請したのである。と述べた。<立証省略>

債務者等訴訟代理人は、債権者の本件仮処分申請を却下するとの判決を求め、答弁として、また抗弁として次のように述べた。

第一、株式会社大倉製作所が、昭和二十三年十二月二十八日羽田工場において定時株主総会を招集し、債務者等を債権者の主張するような会社役員にそれぞれ選任する決議(第三号議案)をしたこと、同会社が木賀、栗原貞夫、大津等に対し右株主総会招集の通知を発せず、又右総会において市川淳に対し二十株の株主たることのみを認め、これを超える議決権の行使を許さなかつたこと及び昭和二十三年六月二十五日当時の株主名簿に市川は二百五十株、木賀は八十株、大津は八十株、栗原貞夫は五十株の株主たることの記載があることは、これを認めるが、その他の債権者の主張事実はこれを爭う。栗原貞夫は未だ嘗て同会社の株主となつたことはなく、同人の息子訴外栗原俊夫が同会社の庶務係を勤務中、勝手に右のように株主名簿に、栗原貞夫の氏名を記載したのにすぎず、後になつてこれを発見した会社はこれを誤記として訂正し、株主名簿上の記載も昭和二十三年十二月十八日の本件株主総会招集前既に抹消せられていたものである。また債権者が市川淳(但し、右二十株を超える分、二百三十株につき)、大津、木賀の持株であると主張する各株式は次に述べるように、同会社の株主名簿に同人等の個人所有として記載せられたことはあるが、本來同会社從業員団体所有の株式であつて、同人等の個人所有に属するものではない。元來大倉製作所は、終戰後一旦解散状態となり、昭和二十年十一月再出発したのであるが、昭和二十二年頃にいたり、同会社の大株主である債権者その他大倉一家の株主等が、財産税納付のため同人等の持株を他に賣却処分しようとしたので、債務者岩田や、木賀、市川等もこれに反対し、結局、債権者等大倉一家は債務者岩田に買收を申込むに至り、岩田は、昭和二十二年六月頃債権者から同人所有の株式千三百十五株、大倉百代から七百十三株、昭和二十三年一月頃訴外大倉邦彦から千四百五十二株、合計三千四百八十株を一株金九十八円五十銭で買受けた(この買受代金は債務者岩田個人が調達したものである。)岩田は債権者及び百代から右株式二千二十八株を取得するや、昭和二十二年十月頃、大倉一家の者を除く当時同会社及び大倉商工株式会社の直接業務に從事する役員並びに職員、工員と從業員団体を組織し、右株式二千二十八株及び先に債務者岩田が債権者より買受け從業員に分配した株式二百四十株の共同管理に必要な諸規約を定め、株式会社大倉製作所並びに大倉商工株式会社憲章(以下大倉憲章という)として、当時の全從業員の同意を得た。かくて岩田はその後前記のように大倉邦彦から取得した株式千四百五十二株をあわせ、これら株式合計三千七百二十株を右從業員団体に無償讓渡したものである。大倉憲章には、(イ)從業員とは直接事業に從事する役員、職員及び工員であり、從業員の持株は各個人の名義といえども所有権は全從業員のものであつて、個人の自由意思による処分行爲は一切許されず、(ロ)從業員持株は從業員全体の責任において從業員中より選出した委員七名が保管し、(ハ)從業員退社の際は持株全部を從業員団体に無償返還し、無條件で名義書換を行うものとし、死亡の場合には当然退社とし、(ニ)各個人に対する名義株の割当数は各個人の條件によつて異り、委員がこれを決定する。(ホ)名義株数は配当その他種々の分配における基準とする。(ヘ)総会その他により会社の運営上その議決権を必要とするときは、全從業員の三分の二以上の賛成を要するものとする。三分の二以上の賛成があつた議決事項は從業員すべてこれに服する。(ト)從業員持株の資格は三ケ年以上の勤続年限を有するものであつて委員がこれを決定する。等の規約がある。すなわち從業員団体は右株式の所有者でありこの憲章によつて、資格ある從業員に対し、原則として無償で且つ從業員であることを條件として、名義株を割当て、從業員が從業員たる資格を失つたときは、当然從業員団体に持株を返還し、從業員団体の委員会は直ちに名義株主たる地位を剥奪し、その割当株について一切の事項を決定する権限を行使できるものである。木賀、市川、大津等は、かつて同会社從業員団体の一員として、この大倉憲章に服することを承認し、同団体から名義株を割当てられ、会社の株主名簿や株券台帳に株主として、記載され且つ名義書換手続をすませたものであつてこれは表面上、形式上の株主にすぎず、しかも同人等はその後いずれも退社により從業員たる資格を失つたので当然名義株主たる地位を失い、自ら名義書換手続の委任状を提出し、又はその代理権限を有する從業員団体委員の申出によつて、会社に対し名義書換を請求したから、会社も名義書換手続を了したものであつて、木賀、大津、市川(右二十株を除く二百三十株につき)等は、昭和二十三年十二月十八日の本件株主総会招集前、既に株主名簿上においても株主ではなかつた。從つて会社が株主総会招集前既に株主名簿上に記載なき、木賀、大津、栗原貞夫に対し招集通知を発せず、又市川に対し右二十株を超える株主として議決権を認めなかつたことは、当然の措置であり、総会の決議につき債権者のいうような法令違反や、その他決議を取消すべき理由はない。

仮りに、債権者主張のように、木賀が八十株、栗原貞夫が五十株、市川が二十株のほか二百三十株の株主であるとしても、同人等の株式と大倉百代及び債権者の持株との総数は、三千四百二十株にすぎず、会社の総株数七千株の半数にも達しない。債権者が大倉一家の株主という大倉邦彦は、本件の株主総会において同人の所有株百株についての議決権の行使を債務者岩田に委任したものであり、同総会の決議は三千五百八十株の絶対多数をもつて債務者等の役員就任を可決決定したのであるから、たとい招集手続上に何等かの法令違反があるとしても、決議を取消すことは適当でない。

第二、債務者岩田は、終戰後一旦解散状態にひとしくなつた大倉製作所を今日の繁栄に導いた功労者であり、会社の現有資産も一千万円以上に評價できるのであつて、会社今後の発展も、岩田を措いては考えられない。債権者は些細な取引の記帳もれをとらえて会社資産の不正流用というけれども、そのような事実はなく、又業務の執行について善良な管理者たる職責を逸脱した不法行爲はない。まして、將來会社資産を散佚せしめるようなおそれはなく、仮りに、右株主総会の決議が取消さるべきものであるとしても、債権者の求めるような仮処分をなすべき必要は毫もない。と。

債権者訴訟代理人は、債務者等の答弁に対して次のように述べた。

元來、債権者大倉一家が、その持株を從業員に分讓したのは、その代金をもつて財産税を納付するためであつたが、その分讓の方法は、廣く從業員に対し、その勤務年限、地位、功績等を考慮して分配せられたものであり、このことは、讓渡人たる大倉一家の株主の承認と取締役会の打合せにもとずいて決定せられたのであつて、岩田個人又はその他二、三の從業員に讓渡せられたものではない。そして当初(昭和二十二年六月頃)は、金融封鎖が行われていた時でもあつたので、從業員のうち、封鎖預金のあるものはその預金をもつて、預金のないものは親兄弟の封鎖預金をもつて、株式を買受けることにした。そこで封鎖預金で株式を讓り受けたものは、預金名義者のものとして、その金額に相当する株式を取得し、株主名簿にもれなく記載せられた。從つて、從業員中、封鎖預金も現金も出さなかつたものは、その当時は株主となることはできなかつた。栗原貞夫は、同会社の從業員ではなかつたが、同人の息子栗原俊夫が会社の從業員であつた関係で当時從業員でなかつた訴外山本満雄、出浦山市、新妻明外数名と同様、昭和二十二年六月二十五日会社の承認の下に株式を取得した。その後に至り、封鎖預金を出したものには、債務者岩田が会社の資金をもつて補償し、またその余の株式買受代金は会社資産によつて決済せられた。これは、商法第四百九十八條第十九号、同法第四百八十九條第二号に違反する行爲である。市川は、昭和二十二年六月二十五日、木賀は昭和二十三年一月十日、大倉一家の株主から、前記のようにそれぞれ株式を讓り受けたが、その代金は、会社の資産で支拂われたので、自ら支出しなかつた。昭和二十三年一月大倉一家の持株分讓が一段落し、從業員相互間に株式の再分配が行われた。これは封鎖預金で株式を買取つたものの有する株式数に不均衡があつたためであるが、他面、從業員が大倉一家から讓り受けた株式の代金は、結局会社の資産を流用したものであつて、何ら從業員が支出したものでなかつたため異議の起るわけはなかつたので、從業員の持株を、勤務年限や、功労の度合によつて再分配することとなり、その割当は重役会において承認決定せられ、同月十日株式移動が行われた結果、各從業員又は縁故者は正当な讓渡手続をふんで株主となつたものである。かくして昭和二十三年六月二十五日現在の株主名簿によると、木賀は八十株、栗原貞夫は五十株、大津は八十株、市川は二百五十株の株主であることは明らかであり、同人等はその後、右株式を他人に讓渡し、又は議決権の行使を委任したこともなく、現在においてもその株主たることにかわりはない。しかるに債務者等は木賀、市川、大津、栗原貞夫が大倉憲章の規約にもとずいて、株式名義書換手続を、從業員団体の委員に委任し、名義書換の手続をすませたと抗弁する。大倉憲章というのは、債権者の全然知らない間に作らせたものであるが、これによると、從業員の持株は各個人の名義といえども所有権は全從業員団体のものであつて、個人の自由意思による処分行爲は一切許されず、從業員退社の際は持株全部を從業員団体に無償返還し、無條件で名義書換を行うとの定めがあるが、これは明らかに債務者岩田が大倉一家の株主に対抗して、從業員側の株式を自己の独裁支配下に一括し、從業員をして株主固有の権利を行使せしめず、自己の意思に反するものは退社せしめて株主たる資格を奪わんとする意図を包藏したものに外ならない。市川、木賀その他の從業員等は、大倉憲章に調印しているけれども、法律を知らない市川その他多くの從業員が、債務者岩田のこの意図を見抜くことができずに調印したことは当然である。もともと、株式会社大倉製作所の株式は、同族株であり、その定款第十二條には「当会社の株式は当会社の役員及び從業員若しくは会社役員会が承認を與えるものにあらざればこれを取得することを得ず、本項の規定に違反してなしたる株式の讓渡は、これをもつて会社に対抗し得ず、当会社の株式に対し質権設定はこれを許さず、本條に違反しその他の原因によつて会社の株式たる資格を喪失したる場合には、当会社役員会はこれに対し適正なる評價を行い、その対價を支拂い或いはその他会社の内規に基き適当なる処置を行う」との定めがあるが、この規定は株式の取得資格を定めたものであつて、一旦株主となつたものが爾後において、その資格を失つた場合にその株主の意思に反して株主権を当然に失うことを定めたものでなく、またいかなる会社内規をもつてしても、一方的に株主権を剥奪することは許されない。大倉憲章の規定においても、右定款の規定を超えて、株主権の行使を制限し又は株主の意に反して株主権を剥奪することは許されず、かゝる規定は定款にも違反し無効である。仮りに、大倉憲章が有効であるとしても、「從業員退社の際は、持株全部を組合に無償返還し、無條件で名義書換を行うものとする」との定めは、從業員の自由意思にもとずき任意に退社するような場合に限り、適用されるもので從業員の意思に反する解雇のような場合を含まないものと解すべきであり、しかも任意退社の場合でも、何等の手続を要せず、当然株主権を喪失する効果を生ずるのではなく、更に名義書換委任契約により、定款所定の名義書換手続(同定款第七、第八、第十三條等)を了して、始めて株主たる地位に変動を生ずるものであつて、その点において憲章の右條項は、單なる債権債務的効力を有するにすぎない。市川、木賀、大津、栗原貞夫等が、昭和二十三年六月二十五日以降自己の株式名義書換手続を、從業員団体の委員又はその他のものに委任したことはない。要するに、昭和二十三年十二月二十八日の定時株主総会当時において、右四名(但し市川については二十株を超える株式につき)が株主名簿に記載せられていなかつたとしても、同人等が実質上の株主であることに変りはなく、ことに会社が自ら違法な名義書換手続をしておきながら、同人等の株主権を否定することは許されない。と述べた。<立証省略>

三、理  由

株式会社大倉製作所が昭和十四年十二月二十三日資本金三十五万円(株式総数七千株、一株の金額五十円)をもつて設立せられ、機械器具の製作販賣を主たる事業目的とする株式会社であること、債権者が同会社の株式二千四十株、大倉百代が一千株、債権者の父大倉邦彦が百株の各株主であること、同会社は昭和二十三年十二月二十八日東京都大田区羽田一丁目九百五十六番地羽田工場において、定時株主総会を招集し、同総会は、第三号議案として、從前の代表取締役岩田邦夫、取締役市川淳の各任期満了、取締役山崎貞実、同金子春宣、同人見又治の各辞任、監査役前田至、同渡部正直の各辞任を承認し、「債務者岩田邦夫を代表取締役兼取締役に、同山崎貞実、同瀬川敏弼、同酒井義行、同人見又治、同渡部正直をそれぞれ取締役に、同金子春宣、同入沢孝明、同山本栄作をそれぞれ監査役に選任する」旨の決議をしたこと、同会社は右株主総会招集に先だち、木賀、大津、栗原貞夫に対しては、株主総会招集の通知を発せず、市川に対しては招集通知を発したが、二十株の株主として取扱い、同総会において二十株を超える議決権の行使を許さなかつたこと、昭和二十三年六月二十五日現在の株主名簿には市川は二百五十株、木賀は八十株、大津は八十株、栗原貞夫は五十株の株主たることの記載があることは、当事者間に爭いがない。

第一、本件第一の爭点は要するに、昭和二十三年十二月二十八日の定時株主総会当時において、市川(その帰属について当事者間に爭いのない二十株以外の二百三十株につき)木賀(八十株)栗原貞夫(五十株)大津(八十株)が株式会社大倉製作所の株主であるかどうかの点であるが、その前提として、昭和二十三年六月二十五日当時の株主名簿に記載せられた右四名の株式の帰属について、債権者は株主名簿の記載通り、個人所有なりと主張し、債務者等は株主名簿上の記載は表面上形式上のもので、眞実は從業員団体の所有であると爭うので、先づこの点について判断する。

(一)  成立に爭いのない乙第七号証の一ないし五、一應眞正に成立したものと認める甲第十二号証、証人大津忠志の証言、証人栗原俊夫の証言、債権者本人訊問の結果、債務者岩田本人訊問の結果(第一、二、三回)を綜合すると一應次のように認められる。

債権者及び大倉百代は、昭和二十二年三月頃財産税納付のため、その所有する株式会社大倉製作所の株式を処分する必要に迫られた折柄、債務者岩田の要求により、債権者はその持株千三百十五株、百代は七百十三株を会社の從業員に讓渡する旨、債務者岩田に申出た。当時債務者岩田は同会社の代表取締役の一人でもあり、同会社從業員の利益代表的立場にもあつたので、株式の買取代金の調達、支拂方法等一切の衝にあたることになつたが、右株式買受代金一株につき九十八円五十銭、合計約二十万円を早急に調達する必要に迫られ、当時の從業員に対して、債権者等大倉一家の株式を買取るから、封鎖預金のあるものは株式代金にあてるため、それを提出するよう勧め、その代り封鎖預金を出したものには債務者岩田が後で現金を支拂つて補償すると申出で、從業員から封鎖預金十二、三万円を調達し、不足分七、八万円は、債務者岩田が現金の調達した。債務者岩田は封鎖預金を出したものに対しては、その金額に相当する株式数を現金も封鎖預金も出していないものには、勤務年限、功績等に應じ適当な株式数を定めた割当表を作成してこれを從業員間に回覧し、債権者に対しこれを示し、債権者は、株式を特定することなく自己及び百代の株式を、その割当表記載の株数通り、その記載の從業員三十数名に分讓することを、同人等の代理人たる債務者岩田に約束し個々の從業員に対する讓渡株式の特定はこれを岩田に一任したものと、先づ認められる。債務者等は債務者岩田が個人の資格で直接債権者及び百代から右株式全部を一括して買受けたと主張するが、岩田の内心はいかにもあれ、右分讓契約に際し岩田が債権者等讓渡人に対し、その旨を表示したと認めるに足る資料はなく、この点について、以上の認定を左右するに足る疏明資料はない。(なお、債権者は、右株式の分讓契約にあたり、從業員退社時には債権者がこれを買取るという規約書(甲第十五号証)を提出しているが、これだけでは、右分讓契約が條件付であつたと認むるに足りない。)ところで、債権者と百代がいかなる從業員に対し、いかなる数量の株式を讓渡する契約をしたか、すなわちその讓受人の氏名と讓受株数については債務者岩田が代金を債権者に支拂つた後、讓渡人たる債権者及び百代と讓受人たる各從業員間に、昭和二十二年六月二十五日株主名義書換手続がなされ、株主名簿にその移動が記載されているので他にこれをくつがえすに足る疏明資料なきかぎり、債権者等讓渡人はこの株主名簿記載の從業員に対し、その記載の数量相当の株式を讓渡する契約をしたものと推定するの外はない。そして、この株主名簿の記載によれば、昭和二十二年六月二十五日、市川淳は債権者から二百株(百株券七、八号二枚)を、大津忠志は百代から十株(十株券六十六号)を讓り受けたことになる。但、栗原貞夫については右名簿の記載によれば、同じく債権者より五十株を讓受けたことになつているが、債務者等は、株主名簿上に記載せられた栗原貞夫は、会社の從業員ではないから、はじめから株主ではあり得ないと主張するので、この点につき考察するに、前掲甲第十二号証、成立に爭いのない甲第十号証、乙第二十二号証の一、二、一應眞正に成立したものと認めうる甲第七号証の一、証人栗原俊夫の証言債務者岩田本人訊問の結果(第二回)を綜合すると、当時大倉製作所の從業員でない出浦山市(三十一株)新妻明(三百三十株)等外数名が右の株式を讓り受けているので、債権者等の右分讓株式の讓受人は必ずしも大倉製作所の從業員のみに限定されていたものでもなかつたようにも思われるが、他面同人等が債務者岩田の設立した合資会社共同機械製作所の役員や從業員であり、岩田と特別の関係があるのに対し、栗原貞夫は、当時株式会社大倉製作所の從業員ではなく、その從業員であつた栗原俊夫の父であり、俊夫は自己に封鎖預金がなかつたため、父名義の封鎖預金を利用しただけの関係しか認められず、かえつて、栗原俊夫は当時同会社の庶務係として債務者岩田に協力し、株主名簿や諸帳簿の記載、その他一切の庶務をつかさどつていたこと、栗原貞夫以外に從業員の親戚名義で株主となつた事例の認められないこと、及び從業員中封鎖預金や現金を出さないものも、当時割当表にその氏名を記載され、株主として株主名簿に記載されたものがあることなどの事実から、実際は、債務者岩田は当時の從業員たる栗原俊夫の代理人として株式を買受け、俊夫が初めから株主となつたものと認められるのであつて、貞夫が一旦株主となつた後、俊夫がこれを讓り受けたという関係でもなく、結局株主名簿による推定をくつがえすに十分であるから栗原貞夫は、右株主名簿上の記載にかかわらず、はじめから株主でなかつたものと認めるのが相当である。

前掲各疏明資料中、以上の認定に反する部分は、これを採用できないし、右認定に対しこれを動かすに足る疏明資料はない。

(二)  次に、債務者等は、昭和二十年十二月一日以降大倉一家の株主から会社從業員が買取つた株式は、株主名簿上の記載の如何にかかわらず、大倉憲章によつて、大倉製作所の全從業員よりなる從業員団体の所有であると主張する。

前掲甲第十二号証、証人木賀隆斉の証言(第二回)によつて作成当時の原本であると認めうる乙第一号証(甲第九号証の原本と同一と認めうる)一應成立を認める甲第七号証の一、乙第十一号証、乙第十二号証、乙第十五号証、乙第十七号証、乙第二十一号証、証人木賀隆斎の証言(第一、二回)同栗原俊夫、同横江澄吉、同大津忠志の各証言、債権者本人訊問の結果、債務者岩田本人訊問の結果(第一、二、三回)を綜合すると一應次のように認められる。

(イ)  終戰後、大倉製作所の羽田工場においては、元工場長であつた債務者岩田が專務取締役となつて、その経営管理の実権をにぎり、從業員も大体債務者岩田を支持し、債権者は名目のみの社長であり経営に介入することはできなかつた。債務者岩田は專務取締役就任を機会に、債権者に対して株式を從業員に解放せよと要求し、昭和二十年十二月一日債権者と百代の株式合計二百四十株を買受けたうえ、そのうち十株を自己名義とし、市川淳に四十株(十株券六十二号から六十五号まで四枚)債務者山崎貞実に四十株、その他の從業員十数名に十株ないし二十株づつを割当て、それぞれ同人等がその割当株式の株主として株主名簿に記載せられた。この代金は債務者岩田が調達し、一括して債権者に支拂つたので、右の從業員等は自ら代金を支出しなかつたけれども、その株式の移動は、他に反証なき本件においては、右株主名簿の記載通り実際に行われ、同人等がそれぞれ株主となつたものと認めるの外はない。(この点は前記(一)の昭和二十二年六月二十五日の株式の移動の場合と同断である)

(ロ)  ところで、前記(一)の昭和二十二年六月二十五日における債権者及び百代の株式分讓に際し、当時封鎖預金を出した從業員等は、旧円封鎖の時でもあり、株主になるというよりもむしろ封鎖預金を現金化してもらうことに期待をもつていたのであるが、いずれにしても債務者岩田のいう通りに從うことが有利であると信じとにかく岩田の指示通り株主になることを承知して、前記の通り名義書換手続を行つたところ実際債務者岩田は封鎖預金を出したものに対しては、昭和二十二年七月から昭和二十三年春までにその封鎖預金に相当する現金を支拂つてやつた。そして株券は、債務者岩田が羽田工場に保管し名義書換手続終了後も各從業員に交付せられなかつたが、これに対しても從業員は一般に関心がなく、異議を述べるものもない状況であつた。したがつて債務者岩田としては、当時、右分讓株を自己の所有株として自己名義にすることも出來る立場にあつたが、昭和二十二年十月頃になつて右二百四十株及び二千二十八株その他大倉一家から從業員に讓渡された大倉商工株式会社の株式、及び今後債務者岩田が從業員のため大倉一家の株主から取得して與える株式の措置について、これを当時の同会社の現場勤務の役員及び從業員の共有とし、かつその共同管理にする規定(大倉憲章)を作成し、当時の取締役市川淳、債務者山崎貞実等の取締役(但し、当時の代表取締役の一人であつた債権者を除く)の承認を得て、大倉一家の株主を除く役員及び從業員(株主となつているものも未だ株主でないものも含む)に対して、この規定通り、その持株を処分することの同意を求めた。大倉憲章の規定によると「一、從業員と称するは直接事業に從事する役員並びに職員工員であり、一、從業員の持株は、各個人の名義といえども、所有権は全從業員のものであつて個人の自由意思による処分行爲はこれを許さず、一、從業員中より持株の保管その他に関する一切の事項を決定するため七人の委員を選出する。一、從業員退社のさいは、持株全部を組合(憲章に調印した從業員より成る団体即ち一種の組合と認めることができる。)に無償返還し無條件にて名義書換を行うものとす(死亡の場合は当然退社とす)一、各個人に対する名義株の割当数は各個人の條件によつて異なり委員これを決定す、名義株数は配当その他種々の分配における規準とす。一、総会その他により会社の運営上その決議権を必要とするときは、全從業員の三分の二以上の賛成を要するものとす三分の二以上の賛成あるときは議決事項は從業員すべてこれに服するものなり」等の規定がある。これ等の規定について、法律の知識の少ない多くの從業員がいかほどその趣旨を理解していたかについて疑問がないわけではない。(栗原俊夫の証言)しかし大倉一家を除く株主たる役員その他会社の從業員は前記の通り、もともと、自己の出捐によつて株主となつたものではなく、いわば債務者岩田によつて株主とさせられ、これに異議なく、大倉一家の株主から、自己の名で株式を取得したものであるからこのような規定に從うとしても別に不利益を負担するわけではなく、強いて反対する筋合いでもないので、殆んど全部の從業員が異議なく右憲章に署名捺印し、また捺印しなかつた栗原俊夫も憲章の成立経緯についてその事情を知つて署名していることからみると、他に特段の反証ないかぎり、栗原俊夫を含む右從業員等は少くとも右憲章に記載せられている通り、株式を從業員団体の所有、すなわち從業員の共有とすることに同意し、理由のいかんを問わず退社するときはその名義株一切の処分をその団体の委員にまかせることに同意したものと認めることができる。(債権者のこの点に対する反証は乏しく、以上の認定を動かすに足りない)

(ハ)  次に大倉邦彦は昭和二十三年一月十日その所有する株式会社大倉製作所の株式千四百五十二株を同会社の從業員大津忠志にそのうち七十株(十株券二〇四号から二一〇号まで七枚)木賀隆斎にそのうち八十株(十株券二六七号から二七四号まで八枚)その他の從業員三十数名に残りの株式を讓渡したものと推定できる(この点についても、債務者等は、債務者岩田が個人の資格で邦彦から買取つたと主張するのであるが、元來大倉一家の株主がその所有する大倉製作所を含む支配会社の持株を從業員に解放する際には從業員中の一人又は二、三人に讓渡せず、從業員の勤務年限、功績等に從い、なるべく多数の從業員に分散する方針の下に讓渡せられたことは前記債権者及び百代の持株讓渡の場合と同様であると認められるので、同じ大倉製作所の株式でありながら、債権者及び百代と養父邦彦との場合分配方針を峻別すべき特に反対の事情が存することの疏明がない以上は邦彦の場合もやはり債権者及び百代の場合と同様、右從業員に讓渡する趣旨であつたものと一應推認されるのであり、これに反する債務者岩田本人訊問の結果は容易に採用することはできない。)しかしこれらの株式代金については、各從業員は自ら代金を出捐することなく、債務者岩田が邦彦に代金を一括して支拂つており、いわば債務者岩田から買つて貰つたものであるから、株主となつても、これを債務者岩田の思うように処置されることに異議はなく、前同様大倉憲章により、その株式を処置することに同意したものと認めることができる。なお、昭和二十二年六月二十五日から昭和二十三年一月十日までの間、右從業員相互間に株式の異動が行われており、例えば、市川淳は同年一月十日債務者入沢孝明に対し十株(十株券六五号一枚)を讓渡しているが、これらの移動は、大倉一家の持株解放が一段落した後各從業員間の割当を公平にするためであつて、しかもその移動は、独立した株主相互間の取引ではなく、既にその株式が從業員団体の所有に帰した後、団体内部において、大倉憲章に則り行なわれたものと認めることができる。

前掲各疏明資料中、以上の認定に反する部分はこれを採用できないし、右認定に対しこれを動かすに足る疏明はない。

(ニ)  債権者は、右憲章の規定は無効であると主張する。

なるほど大倉憲章の規定を些細に分析すれば、從業員は自己名義の株式についてもその議決権は多数決の下に制約せられ、またその株主権の自由処分も禁止せられ、一旦解雇せられるときはその意に反しても株主権はもとより残余財産分配請求権をも失うことになるのであつて、かようなことを定めている大倉憲章は株主権の行使を著しく制限する不合理な規約ではないかという疑問が生じる。しかしながら右憲章の対象であるいわゆる從業員持株は、前記認定の通り、もともと最初から何ら経済的な対價を拂うことなく、いわば恩惠的に割り当てられたものであり、当時從業員等としては、とにかくその從業員である期間は、ある種の利益の均てんに浴し、他に何ら不利益な義務を負担するものでないから、たとい右のように権利行使の制限された株式となつても異議ない趣旨で憲章に署名捺印したものと一應認められる。このような株式取得の経緯に鑑みるときは右憲章に定める規約は必ずしも不合理といい難く、從つてこのような規約は、株主相互間の契約として有効なものとみるべきであつて、会社と持主間を規律する会社自身の作成した内規でもないから、債権者主張のように同会社の定款第十二條に違反するものともいうことはできない。

(ホ)  又、債権者は右株式の買受金は、債務者岩田の個人の出捐によるものでなく、会社の資金を不正に流用したものであり、商法第四百九十八條第十九号、同法第四百八十九條第二号に違反すると主張するが、かゝる事実が以上に認定した株式移動個々の効力につき、いかなる法律効果を及ぼすものであるかについて、債権者は何等法律上の主張をしないので、かゝる主張のない限り、このような事実の存否は、以上の認定を妨げるほどの事情とは認められない。

(ヘ)  右認定の通りとすれば、昭和二十年十二月一日以降、大倉一家のものから取得した市川淳の二百三十株(十株券六十二号から六十五号まで四枚と百株券七、八号二枚)大津忠志の八十株(十株券六十六号二〇四号から二一〇号まで八枚)木賀隆斎の八十株(十株券二六七号から二七四号まで八枚)株主名簿上栗原貞夫名義と記載せられているが、眞実には栗原俊夫の五十株(十株券一七五号から一七九号まで五枚)その他の從業員の持株は、いずれも株主名簿上の記載にかかわらず大倉憲章に調印した從業員の共有株、すなわち、かかる從業員をもつて構成される一種の組合類似の從業員団体の所有株式であつて、債務者岩田を代表取締役とする大倉製作所もまたかかる憲章の存在を知り、且つ右株式の実質上の帰属者を從業員団体と認め、名簿上の株主をその共有者の一人として扱つたものということができる。

第二、以上の判断により、栗原貞夫ははじめから株主ではなく昭和二十三年十二月二十八日の定時株主総会当時においても、市川(二百三十株につき)木賀(八十株)大津(八十株)等が右各株式の單独株主でなかつたことはこれを明らかにすることができたが、同人等に対する招集手続の不履行又は議決権行使の拒否が法令に違反するかどうかは、更に別個に考察を要する問題であるから、この点について判断する。

前掲乙第七号証の一ないし四、乙第十二号証、乙第二十一号証、一應成立を認めうる乙第二号証の一ないし三、及び六、証人栗原俊夫の証言、同木賀隆斎の証言(第一、二回)同大津忠志の証言、債務者岩田本人訊問の結果(第二回)を綜合すると、木賀は昭和二十三年七月はじめ頃債権者に加担し債務者岩田に反対したことから栗原俊夫と共に会社から解雇され、市川は同月はじめ頃債務者岩田と意見の衝突を來たしたため役員辞任を申し出て会社に出勤せず、同年十二月二十八日取締役の任期を終了し、大津は同年九月頃任意退職したこと、(右解雇又は辞任は反証のないかぎり一應有効と認められる)從業員団体の委員七名は、大倉憲章の規定により退社役員や從業員の名義書換の代理権を包括的に付與せられているので、昭和二十三年七月一日、市川淳名義の從業員共有株二百三十株と、名簿上栗原貞夫名義の株式五十株(眞実は栗原俊夫名義の從業員共有株)木賀名義の從業員共有株八十株を、それぞれ横江澄吉に名義書換すること及び同年十二月十日大津名義の從業員共有株五十株を債務者岩田に名義書換することを決定し、会社に対しそれぞれ名義書換手続を申請し、株主名簿にその旨記載せられたことが一應認められる。この点につき債権者は右名義書換請求書(乙第二号証の一ないし三及び六)は讓渡人たる市川等四名の署名がなく、会社定款第十三條に違反するから、名義書換手続は無効であると主張する。前掲甲第十二号証によると、同定款第十三條には「株式を讓渡したるときは、当事者間の連署した書面をもつて、株主名簿の登録及び株券記載の氏名の変更を請求することを要す」と規定せられているが、右規定は会社の内部関係を規律し、株式の讓渡行爲が適法に行われたことを会社において簡易明瞭に知りうる方法として、これを定めたものと解すべきであるから同條所定の手続をふまなくても讓渡が適法であることを証明する書面の添付があれば差支えないものと考える。而して大倉憲章を前記第一の(二)のように有効と解するとき、これに基き無條件に名義変更の権限ある從業員団体の委員七名が、共有株の代表名義人とみるべき右四名の名義書換手続を、同人等の署名なきまま、会社に対し要求し、会社において、株主名簿に登録したことは、その間に何らとがむべき違法は存しない。

すなわち、昭和二十三年十二月二十八日の定時株主総会招集以前において、市川(但し二百三十株につき)木賀、大津、栗原貞夫等の株主名簿上の株主たることの記載は適法に抹消せられたものであるから、会社が市川以外の右三名に対し招集手続をなさず、市川に対しては、二百三十株の議決権の行使を拒否したことは、何等招集手続又はその他の法令に違反するものということはできない。

第三、右の次第であつて、株主総会の決議取消を前提とする債権者の申請は、その他の点について判断するまでもなく、失当として却下すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條第九十五條を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 岸上康夫 武藤英一 緒方節郎)

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